金色の螺旋

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序章 紫黒暗香(しこくあんこう)

(めい)
 大陸にある六ツ国の中でも、此処数十年来最高の繁栄を誇る帝国。

――彼女は其の国の主だった。

 其処は、露台から差し込む明るい月に照らされた一室。皇宮の最上階にある、帝のための自室である。

 女は床に片膝を付いて跪き、頭を下げて告白した。
「手に入れたいのです……狂おしい程に」
 此れまで、欲しいものは何でも其の手にして来た。富、美貌、力、名誉、愛……そして王座さえも。
 けれど、彼女が本当の意味で満たされたと感じたことは無かった。其の理由は至極簡単で、本当に望むもの……喉から手が出る程に欲するものを、未だ彼女が手に入れていないことにあった。
 彼女は心の何処かで、其れが一体何なのかを感じていた。しかし、口にすることはなかった。実際に手に入れようと動いたこともなかった。

「貴方がお出でになり……妾の夢は現実に形を為そうとしている。貴方のお力添えがあれば、必ずあれを手中にできましょう」
 そう言って、朱色の瞳の女が手を伸ばす。うっとりと夢見るように……それでいて、眼には野望の炎を秘めて。
 かつて、そして今も、彼女の美貌は人界中で褒めそやされた。隣国の聖安の女帝と並び、天下一の美女と謳われた。燃えるような朱色の瞳に、薄褐色の滑らかな肌、薄紅色の艶やかな髪の素晴らしさは、女盛りを迎えて久しい今も衰えていない。

 女の指先が示す先には、長い黒髪の若い男がいた。
 一見しただけでは、男と分からない者もいるかもしれない。其の男の容貌は、彼に相対している美貌の女よりも更に、遥かに美しかったのだから。
 其れは当然というもの。彼は「人」ではない。人間を超越した、大いなる存在。
「そなたも、あれを欲するか。人間が手に出来る全てのものを得ても尚、欲しいと思う……強欲な女だ」
 僅かに口角を上げ、薄らと笑う優美な口元。
「……だが無理もない。あの鳥だけは特別なのだからな」
 男は、女のさらりと流れる髪に優しく指を絡ませ、弄ぶ。
 女は、遥かなる存在を目前にしても臆することなく、其の瞳の焔を絶やさない。
「神々すらもあれを望み、未だかつて手にしたものは皆無……あれを欲するなら、そなたは全てを賭けねばならない。其の覚悟が、あるか?」
 静かに微笑みながら、女を試すように言う。女は頭を垂れると、再び男を見上げて言い放った。
「何かを手にするのに、何かを賭けなかったこと等ありませぬ。妾は常に、此の命すら惜しまぬ。それに……此度は他でもないあれが目的。命すら、あれの対価としては安過ぎる」
 其の答えに、男は深く頷いた。
「ならば手にするが良い……私は惜しみなく、力を与えよう」
 男の美しい微笑が、闇夜に浮き彫りになる。

……此処から、全ては始まるのだ。
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