金色の螺旋

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第一章 真実の名

三.宿が回る
「お、お母さんが……生きてた!? それに女帝陛下が関係して……!」
 思わず声を上げてしまった優花の唇に、麗蘭が自分の人差し指を当てて止めさせる。
「しっ! 声が大きい。他の子供に聞かれたら面倒なことになる」
 優花は慌てて自分の口を押え、出かけた言葉を飲み込む。其れでも驚愕を隠し切れていない。
 孤校での授業を終え夕餉の後、二人は自室で声を潜めて話している。畳の部屋の真ん中に膝を付き合わせて正座していた。
「……ご、ごめん。やっぱり秘密にしておいた方が良い?」
 自分で口を塞いでいた手を離すと、優花は済まなそうな顔をして尋ねる。
「また変な噂でも立つと厄介だからな。私のことはなるべく伏せておきたい……おまえだから言ったんだ」
 幼い頃から、麗蘭は他の子供達から奇異の目で見られたり、時には爪弾きされることもあった。麗蘭の異質な力は、羨望や嫉妬を生み出している面もあったのだ。風友以外の人間と殆ど話をしなかった以前に比べれば、近頃は随分周囲と普通に接することが出来るようになった。しかし麗蘭が心の内を全て見せられるのは相変わらず此の優花だけだった。
「明日、皆には黙って此処を出る。少し遠くへ妖を退治しに行ったとでも言っておいてほしい。風友さまにもそうお願いした」
 此の数年、麗蘭が妖討伐に加わり各地に赴くのは普通になっていたので、そう言っておけば怪しむ者はいないだろう。少なくとも、当面の間は。
「わかった。都に……紫瑤に行くんだよね? 陛下に会いに……」
 ことの大きさに、優花は僅かに身体を強張らせながら向き直る。
「ああ。十六の誕生日を迎えたら、皇宮に居られる陛下を訪ねることになっていたらしい。先程風友さまが通行証代わりの文を書いて下さった」
 そう言って、麗蘭は懐から風友から預かった一通の文を取り出した。
「風友さまは元禁軍七将軍のお一人だったんだよね? それで、陛下と関わりのある麗蘭を引き取って下さったのかな?」
 其の問いに、麗蘭は頭を振る。
「……分からぬ。とにかく風友さまは何も話して下さらないからな。やはり私が都に赴き、全てをお聞きしてくるしかなかろう」
 腕を組み、俯く。
「母が生きていたことには驚きだが、恵帝陛下が関わっておられるということの方も……驚嘆した。私の宿に関係しているのではないかと思っているのだが」
『光龍』は遥か昔から其の神に等しい力を神聖視され、時に権力者間で奪い合いになったこともあったという。故に、そうした推測は(あなが)ち外れてはいないだろう。
「……ともあれ、遂に孤校を出る時が来た。私の宿が動き出すのかもしれぬ」
 再び顔を上げ、真っ直ぐに優花を見る。優花は微笑んで頷いた。
「そうだね。麗蘭と離れるのは……とても寂しいけど、麗蘭は自分のやるべきことをずっと考え続けて来た。都に行って陛下に会えば、屹度答えが見えてくるはず」
 優花の言葉で麗蘭ははっとした。孤校を離れるということは、二年間ずっと一緒に過ごして来た優花と離れることにもなる。余りにも急に自分の状況が変化し始めたために、其のことをすっかり失念してしまっていた。
 戸惑ったような顔をしている麗蘭に対し、優花は微笑んだまま立ち上がる。自分の鏡台の前まで行くと、しゃがんで引き出しを開けた。
 何かを取り出し、再び麗蘭の前に向かい合って座る。手にしていたのは革製のゆがけだった。
「私からの生辰祝い。今まで使ってたやつはもう古くなってたでしょ? 前のよりも上手く作れてると思うから」
 麗蘭が今使っているものも、暫く前に優花が作ってくれたものだった。手渡され挿してみると、丁寧に作られている上に()め心地が良い。柔らかく薄く出来ているので、接近戦になった時に其のまま刀を持って戦えるようになっている。
「良いゆがけだ、優花は本当に器用だな……ありがとう、とても嬉しい」
 此れ以上ない笑顔で礼を言うと、優花が微かに頬を赤らめた。
「ううん、私に出来ることは此れ位だしね」
 縫い物などが得意な優花は、麗蘭の着物や武具を縫ってくれる。麗蘭はそうしたことが余り得手でないので助かっていた。
「麗蘭なら……心配ないと思うけど、本当に気を付けてね。また元気に戻って来てね」
 突然、優花の声が真剣になる。親友の目をじっと見て逸らさない。本気で、麗蘭の身を案じているのだ。
「……案ずるな。必ずまた会おう」
 力強く頷き、自分を心配する優花を安心させようとする。麗蘭自身、不安はあれど恐怖は無かった。大きな運命に突き動かされ、流されている一方で、新しい道へと確かに踏み出そうとしている。そうした何とも言えぬ期待感で、恐れよりもまず心が躍るのだろう。
 かくして一六歳になった其の日、麗蘭の宿は回り始めた。生まれて以来過ごした孤校を後にし、都紫瑤へと独り、向かう。
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