金色の螺旋

前に戻る目次次へ

第二章 蒼き獅子

三.燻る将軍、誘う美女
 一日で最も暑さが厳しくなる、昼過ぎの時刻。雲の無い晴天の下、麗蘭と蘢は街道を早足で歩いている。都から離れた為か人通りは少なく、時折向こうから来る旅人と擦れ違う程度であった。
 街道沿いには建物はおろか木々すらも無く、草原が広がるだけという退屈な道が続いている。晴れているので、遠くに連峰の山々が美しく見えているが、暫くして二人とも其の景観に飽きてしまっていた。
「暑いね……水は未だ有る?」
 隣の麗蘭に声を掛け、竹筒に入れた水を飲み干す。彼は汗をかきにくい体質なのか、端からは然程暑そうに見えない。
「ああ、大丈夫だ。未だ余裕がある」
 自分の竹筒を振って水があることを確認してから、麗蘭は手拭いで額の汗を拭く。
 紫瑤を出た麗蘭と蘢は、馬で半日駆けて着いた宿場町で一泊した後、移動手段を徒歩に切り替えて随加に向かっている。
 先日次の宿場町までの道中で、妖が出現して路を破壊し、未だ修復されていないという。宿を取った宿場町にて馬が通れない路が在ると聞いた為、仕方無く歩くことにしたのだ。
「君には不自由をかけて済まない。疲れたら遠慮なく言ってね」
 馬で旅を続けられるよう、蘢が他の経路も検討したが、如何しても見つけられなかった。そもそも移動手段の主流が徒歩である為、馬を走らせることの出来る舗装された路が少ないのである。
「いや、私こそ色々気を遣わせて済まないと思っている。足は鍛えているし、大丈夫だ」
 言葉通り、山奥で育ち丈夫な麗蘭だったが、男の蘢に比べると歩幅が違う。先程から彼が自分と歩みを合わせてくれていることに気付き、少しでも早く歩こうと努めている。
 出立して未だ一日しか経っていないのに、蘢は麗蘭が不自由をしないよう事細かく気を配ってくれる。馬が乗りにくくないか、宿の部屋は過ごしにくくないか、食事に不自由していないか、等。
「蘢、其の……余り私のことは気に掛けてくれなくていい。私が……公主だから気にしてくれているのであろうが、こうも気を遣われてばかりだと、私も申し訳がなくてな」
 並んで歩きながら、思い切って口に出してみる。立場上、こんなことを言うと却って蘢を困らせるかもしれないが、旅は未だ長く、言うなら早めの方が良い。すると蘢は一瞬だけ驚いて、直ぐに笑って首を振る。
「あはは、違うよ。君が公主だからとかじゃなくて……何て言うか、僕の癖なんだ。気を遣ってるというよりも、自然と気になってしまうんだよ」
 参ったな、という顔をしている彼の言葉は、屹度心底からのもの。
「たまに気を遣い過ぎだって言われるんだけど、元々世話焼きな性格でね……でも正直言うと、確かに未だ心の底で君の身分に配慮してしまっている面もあるし、君が窮屈に感じているのなら、其れこそ気を付けなくてはね」
 皆まで言わぬうちに、今度は麗蘭が首を横に振る。
「いや、いや……気を付けなくて良い。おまえにとって自然なことなら、其のままでいてくれ、頼む」
 蘢の言葉を聞いて、麗蘭は優花のことを思い出した。彼女も麗蘭の傍で何かと世話を焼いてくれたが、其れは彼女の優しい性質から来ている自然なもの。蘢も恐らく、彼女と似たような気質なのだろう。そう考えれば合点が行く。
「……本当に、君は律儀な人だね。僕の方こそ、余り気にし過ぎないで欲しい。君と僕の立場上……とかではなくて、一緒に旅をしている仲間としてね。まあ、出会って未だ間もないし、旅を始めたのも昨日だし、難しいと思うけど……」
 微笑する蘢を見て、麗蘭は大分心が軽くなった気がする。
「ああ、分かった。ありがとう」
――蘢の言う通り、気にし過ぎていたのは私の方だな。
 思えば、こんなに長い時間を優花以外と過ごしたことは殆ど無い。子供ばかりの孤校で暮らしていたというのに、麗蘭にとって友人が出来るということは滅多に無いこと。経験が少ないことゆえに、蘢との接し方が良く分からないのかもしれない。
「あ、ほら、茶屋が見えるよ。お腹も空いたし少し休もう」
 前方を見て蘢が指差す。街道を行く旅人の為の、小さな休息所。
「そうだな、そうしよう」
 顔を綻ばせて答えると、麗蘭は蘢と共に茶屋へと入って行った。



 茗の“四神”の一人、“玄武”として知られる男。
――彼は酷く退屈していた。
 主の命により、面白くもない港町に駐留させられ早一年。開戦に備え、敵の軍備を探り貿易を混乱させることを命じられたものの、祖国では最上位の上将軍であり、勇猛な将と称えられた自分にとっては温すぎる任務である。
 駐在していると言っても身分を隠して表に出ず、最小限の部下を連れて密かに動けとの命であり、最初の数ヶ月は大人しく従っていた。だが彼の荒い気性ゆえに長くは保たず、やがて正体を晒す危険を冒してまで、変わった余興を楽しむようになった。
 其れは、海賊の真似事である。
 港町の近海で活動していた茗人の海賊に乗り込み、首領を殺して一団を乗っ取った。其の後、自分が首領として彼らを率い、聖安の商船を襲い始めた。
 確かに敵国の交易を乱すという任務は遂行出来ている。しかし、聖安側も船を襲われて黙ってはおらず、男の海賊を討伐しようと軍隊を度々寄越してくる為、正体がばれる危険性を常に伴うのだ。
 茗の将軍が賊として他国で好き放題しているというのは、公になると少々都合が悪い。
 男は其れを、常に皆殺しにすることで回避してきた。幾度も戦場を経験したことで身に付けた優れた戦術により、自分の船を攻撃してくる聖安軍を全滅させる。其れこそが彼の一番興奮する楽しみであり、溜まりに溜まった鬱憤を晴らす手段でもある。
 ところが最近は、聖安人は怖れて商船を随加から滅多に出さなくなり、軍隊も掃討作戦を諦めたのか現れなくなった。
 ゆえに、男は再び鬱屈した日々を送っている。
 彼に残された数少ない楽しみは、客船を襲い女を手当たり次第犯すこと。自分の欲望を満たす為ならば、彼は女子供ですら凌辱し殺すことを厭わない。
――彼が”彼女”と出会ったのも、一隻の客船を襲った時だった。
 客の中に紛れていた黒髪の若い女。其の女に、一瞬にして囚われた。半ば強引に寝所へ連れ込みいつものように犯したのだが、抱けば抱くほど夢中になり、其の美しい肢体から逃れることが出来なくなっていく。数度目合えば飽きてしまい、終いには殺してしまう彼にとって、そんな女は初めてだった。
 汚れ等知らぬという程真白い肌をしていながら、男性に至上の悦びを与える艶めかしく魅惑的な身体。大輪の花の如き華やかな美貌に、強い情熱の意志を秘めた、深紫色に輝く双眸。
 男が珍しく名を尋ねると、彼女は“瑠璃”とだけ名乗った。
前に戻る目次次へ
Copyright (c) 2012 ami All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system